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前日(11/3)の夜1030に羽田に格安航空のAir Asiaで着き、ホテルに入ったのは真夜中すぎの2時だったというので、9時に会う約束を9時半か10時にしてくれないかと夜の2時半に発信したメイルが11/4の朝入っていた。しかし9時半少し前に行ってみると赤ん坊を含めて全員がホテル前に集まっていた。あとで聞くと、お父さんがたたき起こして回ったとのこと。

この12人は代表者の父Saad49)さん中心のムスリム一家だ。しかし女性の頭を隠すヒジャブをずっと着けていたのは奥さんのRahimah(48)さんと長男の嫁のKartina(24)さんだけだった。Saadさんは20年間大手の保険会社に勤めたあと、自分が作った人脈をあてにして自分で保険会社を立ち上げてクアラルンプールの郊外20kmのところに自宅兼事務所を構えているという。長男Rashaidi29)は自動車関連の技術者として勤めていたが、Kartina(24)と結婚して父の会社を手伝うということで今のところ父と同じ場所に住み、今回つれてきた小さな娘(Khyra4才とKhalysa1)がいる。彼は父の会社で主に生命保険関係を担当していて、将来はその方面を特化させて独立する予定。次男Azlie(27)はマレーシア観光局に勤める公務員で仕事の関係で日本に来たこともある。奥さんのEniwati(28)はシンドラー・エレベーターに勤務する技師。とても仲が良い。三男Izzat(24)はやはり父親の会社で建物関係の保険を担当していて独身。四男Hafizuddin(23)は大学でマスコミ関係を専攻中。長女Nadia(19)も大学でデザイン関係を専攻。今回は友人のAmira(24)を誘って同行し、ほぼ12人の家族の大移動である。

<第111/4
とりあえず、まず「地元」の秋葉原を駅近くの古い小さなキオスクが並ぶ一角から、大通りを回り、部品や中古、do-it-yourselfの店の並ぶ裏通り、ゲーム、メイド・カフェなどの並ぶ界隈を一巡して末広町から銀座線に乗る。総勢12人だが幼児を除くと10名。券売機の回数券の部分に触れると10枚の値段で11枚即座に出てくるので、私の分が丁度タダになった格好になって都合が良い。原案では皇居周辺に行く設定だったが、金曜日は東御苑が閉園なので、浅草に変更。仲見世通りの混雑の中、迷子になったら浅草寺前にいるように言って12名がバラバラになるが、意外にまとまりがよく、小さな家族ごとにまとまっているようで、はぐれたかなと思ってちょっと待っていると何となく全員がそろってしまう。丁度秋祭りの雰囲気で、菊の見事な展示があちこちにあり、天気も良く、マレーシアに居れば35度でムシムシするはずと言いながら、みな気分が良さそう。境内のイチョウの木に興味を示す。残念ながら実はついていないオスの木ばかりだが、皆名前は知っているのに見たことがないという。かと思うと何の変哲もない小さなホコラの前で入れ替わり立ち代りそばに立って写真を撮る。

そのあと私はよく隅田川の堤防に連れて行き、土手沿いにスカイタワーやアサヒビールを見ながら吾妻橋のところまで戻るのだが、今回は失敗。土手が工事中で、ほんの1部登れるが、広範囲にわたって閉鎖されていて何も見えない。やむを得ず公園沿いの道を戻るが、途中幼児は滑り台や鉄棒でちょっと遊ぶ機会にもなり、大人もふざけあって楽しんでいたのでホッとする。

そのまま吾妻橋のところから銀座線で新橋へ。始発なのでやっと空いた電車に乗れる。新橋で「ゆりかもめ」の「お台場・有明ぐるりきっぷ」(900)を買い、ゆりかもめで「日の出」へ。タイミングよく「お台場海浜公園」行きの水上バスに乗り込む。上甲板に出て、本物のユリカモメがすぐ近くの手が届きそうなところをかすめて飛ぶすぐ下で、途中新橋駅の「ビアード・パパ」で仕入れたシュークリームをほうばる。Saadは手に食べ物をのせて鳥に餌付けをしようとするが、カモメはすでに満腹のようだ。

やがてレインボー・ブリッジの下をくぐって海浜公園に到着。ゆっくりと自由の女神に進み、ブリッジを背景に写真をとりまくる。Khalysaのオムツを替える時間なので、アクア・シティに入る。たまたま100円ショップのDaisoがあり、おみやげや小物を物色。ディズニー・ショップに行き、月曜日に行く予定のディズニーランドの入場券を買う。持参した首都圏住人用の1000円割引購入券は旅行者には適応されないとのことで、夜だけの3300円スターライト券にするかどうか迷っていたが、結局子供の希望で終日通用の6200円券を10枚買うことになる。彼が何枚か持つマレーシアのクレジット・カードを試す。最初のはダメだったが、2枚目のはOKだった。また店の前のベンチで待っていたNadiaがセーターを忘れて立ったが、警備員が拾ってInformationに届けてくれていた。すぐにピックアップできたが、どういうわけか受取人の領収書には私が署名させられる。

随分ゆっくり動き回ったので、いつの間にか3時を回っていた。しかしまだ昼食をとっていない。日本食が食べたいと言いながら、アクア・シティの食堂街を回るけど、ムスリムなので豚肉は一切ダメだという。突然、インドネシア料理店の前で、一行が足を止めて動かなくなった。彼らはマレーシア人だが、インドネシア料理も故郷の味とのこと。私はインドネシア料理は初めてだったので、逆に招かれた格好になった。彼らはとにかく辛くなければ料理ではないという感じだが、私は辛味に弱い。それでもスープは独特の香辛料が効いてうまいと思った。注文した料理と同時に、自分たちで持ち込んだものも開く。一見四角の切り餅風のものを4つに切って、牛肉を細く糸状にして絡ませ、味を付けたものをその上にのせてうまそうに食べる。餅は米をつぶして押し固めたものなので、熱を加えないでもそのまま食べられるが、まったく粘りけがなく、日本の餅とは別物だった。日本の餅にも興味を示したので、翌日切り餅を少しおみやげにあげた。AzlieiPadを持っていて日本語会話のページを出し、奥さんのEniwatiとともに私を練習台に使って試す。幼児2人の面倒を見ながら食事をする長男夫妻は忙しい。どういうわけか粉ミルクが黄色。しかし2人の幼児は旅慣れていて、ほとんど泣きもせず、はしゃぐ。ゆっくりと時間を過ごしたので、そこを出たときはもう夕暮れ時だった。それでも長男の元の仕事と関係のあるトヨタのショールームへ行きたいというので、再びゆりかもめで「青海」へ。木の形の電飾が暗い通りにきれいに目立つ時間にMegaWebへ。ハイブリッドの最新型はみんなの興味を引く。マレーシアでは普通の輸入車は関税で価格が2倍になるが、ハイブリッド車は無税だそうで、彼はハイブリッドのレクサスに特に興味を示す。ガイド中に値段の話になるとiPhoneCurrencyソフトは便利。入力価格が主要な他の通貨額にリアルタイムのレートで即座に変換されてズラッと並ぶ。

やがて高さ150mの観覧車にも乗ると言い出す。普通のゴンドラは1台借り切って6人で3000円だが、底が透明のシースルー・ゴンドラは借り切り料金は適応されず、1900円。ところが彼らのうち3人はシースルーが良いと言う。たまたま次男のAzlieは高所恐怖症でダメだというので、全部で9人を63に分けて乗せ、私とAzlieは彼らが1周回る間16分間下で待つことにした。

奥のユニバーサル・デザイン・ショーケースでロボットや1人乗り車のデモも...と思ったが、4時が最終デモで間に合わず、ヴィーナス・フォートのアウトレットの店を自由に歩き回ってもらって終りにした。新橋経由でJR秋葉原まで送り届けたときは730になっていた。

<第211/5

今日は9時ロビーということだったのだが、3階のロビーは狭いせいか、845に行ったときは全員が1階正面階段のところで待っていた。最初に築地魚市場に行くことになっていたので、早い方が良かった。そのまま、日比谷線で築地へ。本願寺を見ながら場外市場を通って、正門から場内へ。通路は狭いし、混雑がひどいので、乳母車は入口でたたんでもらって注意して進行。12人もうまく見学できるか心配だったが、若い人が多いので、機敏でうまく回れた。ひととおり見て、さて寿司を食べるか...ということになり、場内の店を回るが、かなり高いし有名な店は行列が長く無理。そこで場外へ行くことにする。あさ10時だし、全員がちゃんとした食事をするつもりもないようで、味を見れれば良いような店を探す。たまたま12人分の席があった「すし1番」中央店というのに入った。ここは1品だけ(130円から)でもOKだし、メニュの1品ずつに小さな絵と英語が添えられていて便利。回転寿司と違って目の前で握ってくれるので、握る様子も観察できる。最初は1品ずつ注文していたが、気に入ったようで、ちらし寿司をセットで注文したり、掻き揚げなどもどんどん注文して平らげていた。特に辛いものが好きのようで、生姜よりもワサビを注文して食べる。主人はクアラルンプールの寿司クラブの会員証までもっている人だが、ここの方が格段にうまいと言い、結局みなで早い昼食になってしまった。それでも大人11人で13000円くらいだった。

外は週末で大混雑。その中をかき分けながら大通りへ出て、浜離宮まで歩く。昨日歩きすぎたせいか、Saad氏の奥さんRahimahさんのアキレス腱が少し炎症を起こしているらしいというので、車椅子を借りて皆で交代して押し歩く。下が砂利なので車を動かしにくい。築地の大混乱のあとで平和なこの庭園は良い対照だ。親2人と私が池の脇で休憩を取っている間、若者たちは思い思いに歩き回る。Saadさんは子供5人を出来るだけ寄宿制の学校に入れて、独立心を育てることをしてきたという。しかしそれだからこそ、家族皆で旅行することも重要だと考えていて、まだ大学生の下の子2人が休暇になるこの時期に旅行を企画したのだそうだ。旅行の費用は親持ちだが、半強制的に連れてきたとのこと。しか子供たちは自分の意志は表すが、従順で見事なまとまりだ思う。しばらく親御さんたちと話をしているといつの間にか全員が集まっていた。門の脇の石壁で妙な格好で写真を撮ったあと、大江戸線、汐留まで歩き、都庁前に直行。

都庁の展望台へ。あいにく曇りがちで視界が十分に効かず富士山はおろかスカイタワーなども見えない。近くのPark Hyatt Hotel見ながら映画Lost in Translationの舞台というと彼らも全員が反応する。外国の高層ビルはビル名や社名が上の方に大きく表示されていることが多いのに日本では何もないのは何故かと聞くがよく分からない。

都庁を出てNSビルの中の大時計の振子を見る。地震のあと節電で一時止っていた水も流れて振子が動いている。そのあとJR新宿駅まで歩く途中で、飲み物を買いにコンビニに入る。ついでにおにぎりコーナーで紹介して食べ方を説明したら、興味を引いて、人数分買って店の外に座っておやつ。ここでも辛い辛子明太子が人気。海苔を乾燥させておく工夫には皆が感心。どこのコンビニでも売ってるか? とまた買いそうな勢いだった。しかしおにぎりとお寿司の区別が分からない人もいて説明が必要。

そのあと原宿へ着いたら430。もう明治神宮は広い入口が閉まっている。明日は個人行動だと言うので、もし来るのならと、そのあたりの概要を説明し、竹下通りへ。土産や買い物にかなり時間を使う。やや足の調子の悪いRahimahさんのこともあるので、Design Festaでしばらく休憩後、表参道をまわってJR原宿駅から秋葉原に着いたのがやはり730。帰国のときの秋葉原から羽田へ向うリムジンバスの乗り場を確認して、ホテルの前で別れた。

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入間の三井アウトレット・パークへ案内してほしいという注文が変わっていたのかガイド応募が全くなかったので、私が引き受けました。メイル交換中に、川越も同じ日に観光できないかと言われ、川越を最初に回ってアウトレットパークへ行くコースを考えました。ところが実際に川越観光を終えてアウトレットパークへ行こうと川越駅にむかって歩いているときに、原宿へ変更できないかと言われ、急遽原宿へ行くことになりました。というのも、次の日に彼らだけで原宿見学を考えていたようだったので、そのためにいろいろアドバイスをしていたら、Ireneがむしろ原宿に興味をそそられたようでしたので、アウトレットへのこだわりが強いということもなかったようです。

2人は名前は違うが夫婦別姓の夫婦。45才というがもっと若く見える中国系のシンガポール人。夫は化学関係の材料を広く扱うビズネスマン。妻は別の会社の事務員。子供もいないので世界を旅行していて、日本も2度目。前回は4月にツアーで北海道から京都までまわり、箱根も行ったようでしたが、曇りで富士が見えず再度富士山の見えるところにも行ってみたいとのこと。

ホテルで予定を説明後、スイカを買いに池袋駅のみどりの窓口へ。JRなのにスイカはなく、Pasmoだけしか扱っていないのでそれを買う。彼らは朝食を取っていないので「何処かで日本食の朝食を食べたい」という。「いまどきそんな朝食を取っているのは田舎の旅館だけだよ」などと言っているうちに改札に着き、とりあえず東上線で川越市へ。通勤とは反対の方向なので車内はガラガラ。Ireneは「どうして混雑がないのか?」と不思議そう。川越市駅前で和食を探すが、ない。「マクドナルドでは?」というとしぶしぶOK。とりあえず、晴れ渡った青空をみながら一休み。「日本の通りはきれいだ」というので、有名なシンガポールのLitteringの罰金のことを聞くと紙くずだと60シンガポール・ドル(36,000)、タバコのポイ捨てが見つかるともっと多額だという。

やがて蔵造りの町並みの1番街へ。中国系の彼らは漢字にも親しんでいて、「亀」や「蔵」「芋」などがかなりくずしてあってもすぐに意味を理解する。でも日本語の読みは知らないので、自分の方から人に分からせることはできないのが歯がゆいようだ。でも漢字の一部を取ってくるカタカナの作り方や、漢字をくずして作るひらがなを説明するととても興味を示した。

戦争で焼失してしまったこともあり、都内では古いたたずまいを残す町並みはほとんどないのに、ここには少なくとも100年以上を経た蔵が並び、大沢家住宅などは200年を越えている。一応「時の鐘」の鐘楼や蔵を説明し、その前で写真を撮った。しかし彼らは町並みより、おみやげ屋の方が興味の中心。ガラス細工の箸置きを買ったり、漬物の味をみたり、あげくの果ては「お菓子横丁」に連れて行ってくれという。看板で調べると「札の辻」交差点の西にあったので、早速出かける。道の両側に20軒くらいのお菓子屋が並んだ一角だ。そこではリンゴジャムを挟んだクッキーを「シンガポールならリンゴではなくパイナップルを挟むのだが...」といいながら買って3人で試食した。

その後1キロくらい歩いて喜多院へ行く。江戸城が焼ける前に別館を移築して、家光が誕生した部屋や春日の局の部屋などがあり、美しい庭園や五百羅漢などのことを、電車の車中で説明をしたときは興味を示していたように見えたのに、いざ入場料が400円と分かり、「どうする?」と再度確かめると、入口で躊躇し始めた。そこで入場するのはやめて、入口で記念写真をとり、東照宮へ。ここでもIreneが長い階段を下から見て登るのをためらっているのを、「若いんだから少しはtake exerciseしなさい」とLeslie2人ではっぱをかけて登らせる。奥の東照宮本殿が見えるところまでくると、森に囲まれた古い石灯籠の列の前の静けさに、「シンガポールにはこんなところはない」と少し感心したようだった。

さて今度はお目当ての「三井アウトレット・パーク」へ行こうと本川越駅へ向って歩いているときに、先に書いたように、気持ちが変わり、原宿へ変更できないかという。アウトレットの入間もかなり遠いので大差はないと思い、原宿行きをOKした。その前にランチを...というので、本川越駅の前の通りを入ったところの笹寿司という店でニギリをとる。築地に直接買いだしに行っていると主人がいうだけあって、結構うまい寿司だと思った。

本川越から西武新宿線で高田馬場へ出て、山手線で原宿へ。竹下通りから原宿通り、表参道と出て、オリエンタル・バザールへも寄ってみるが、ここは3階部分は閉めて1,2階だけになり、全体の品数もグッと減り、店全体をたたむのかなと思ったほどだ。外人観光客の激減は

この店も直撃したのかもしれない。Ireneは竹下通りがすっかり気に入り、ここで時間を使いたいというので、帰り道を確認してそこで別れた。
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